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魚|
流石|
左遷|
さばを読む|
さようなら|
左翼|
触り|
三面記事|
栞|
自画自賛|
しがらみ|
四苦八苦|
自業自得|
地団駄|
しっぺ返し|
四天王|
指南|
老舗|
しのぎを削る|
慈悲|
弱冠|
十八番|
正念|
成仏|
白羽の矢が立つ|
素人|
随分|
杜撰|
すっぱ抜く|
捨て石|
図に乗る|
関の山|
世間|
折檻|
刹那|
切羽詰まる|
節分|
千秋楽|
先陣争い|
双璧|
粗相|
そばづえを食う|
反りが合わない|
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魚(さかな) |
「魚」は「さかな」とも「うお」とも読み、一般にはどちらも海や川に泳いでいる魚類、あるいは食用の魚をいう。しかし、それらは本来は「うお」といった。「さかな」は本来、酒の菜、つまり酒のつまみをいい、この場合には「肴」とも書き、野菜が材料でも「さかな」であった。しかし、「肴」の材料の多くが「魚」であったため、「魚」を「さかな」と呼ぶ言い方がのちに生まれた。今でも、酒のつまみを「酒のさかな」というから、「さかなが泳いでいる」というと奇異な感じのする人もいる。
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流石(さすが) |
多様な意味に用いられることば。「そうはいうもののやはり」、「予想していたとおり、やはり」などの意味がある。また、「さすがに……だ」という形で実力にふさわしいものがある、ということ。「さすがの……も」の形で、評価通りの実力を発揮できなかった意にも用いる。中国の南北朝時代、晋の孫楚(そん‐そ)という男が隠居するとき知人に「漱石枕流(石に漱(くちすす)ぎ流れに枕(まくら)して)」生活をするのだと言った。知人が、「石に枕し流れに漱ぐ」のまちがいではないかと問うと、「石に漱いで歯を洗い、流れに枕して耳を洗うためだ」と答えた。「さすがに孫楚だ」というわけで、矛盾をとりつくろうさまを「流石」というようになった。
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左遷(さ‐せん) |
官職や地位を下げたり、遠地に赴任させて実質的に降格させること。「遷」は移すことで、昔、中国では、右を尊び、左を卑しんだことから、官職の降格や遠地に飛ばすことを、「左に移す」といった。日本では本来、左が上位だったが、左遷ということばがそのまま残ったもの。
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さばを読む |
数をごまかして得をしようとすること。漢字で書くと「鯖を読む」。鯖は腐りやすいため急いで数を数えて売る必要があり、そのとき数をごまかすことが多かったから、とするものや、魚市で早口で小魚を数えることを「いさば読み」といい(この過程で数をまちがえてしまう)、これが「さば読み」に詰ったものだというものなど語源には諸説があって定かではない。
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さようなら |
別れるときのあいさつのことば。「左様ならば(それならば)これでお別れしましょう」の意で、下の方を略して、「さようなら」となった。
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左翼(さ‐よく) |
飛行機の左側の翼、あるいは左方面の部隊やその兵隊などもいうが、ここでは共産主義・社会主義・急進派など革命的な立場にある人や陣営をいう。語源はフランス革命。革命のさなかの一七九二年に開かれた国民議会で、共和派の急進的政治団体であるジャコバン派が、議長席から見て左側に議席を占めたことによる。
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触(さわ)り |
さわったり触れたりすることである。一般に、音楽・文芸・演劇・映画などのひとつの曲や話や場面の中で最も感動的で、印象の深い部分・名場面・見どころをいう。浄瑠璃(じょう‐る‐り)に発した用語で、義太夫(ぎ‐だ‐ゆう)浄瑠璃が他流の節を少しだけ取り込んだ部分をいったもの。「他流にさわる」意である。そこで節回しが変わるから、印象的である。そこで、義太夫節の一曲の中でいちばんの聞かせどころをいうようになった。
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三面記事(さん‐めん‐き‐じ) |
ゴシップやスキャンダルなどやや通俗な記事を連想させるが、元来、社会のいろいろな出来事を扱った記事で、社会面の記事のこと。新聞が四ページだったころ、第三ページを社会面に当てていたことから来ている。
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栞(しおり) |
書物の読み掛けのページにはさんで目印とするもの。古代の人びとは、山道を歩くとき、木の枝を折って帰りの道しるべにしたが、それを「枝折(し‐お)る」といった。やがて木の枝の「しおり」が、目印そのものの意味をもつようになり、本にはさむ目印を「しおり」というようになった。
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自画自賛(じ‐が‐じ‐さん) |
自分で自分の仕事の出来栄えや能力をほめること。室町時代の水墨画に由来する。中国では山水画や人物画に字が書き込まれているものが多いが、「賛」とは、このように画に題して画に添えて書き込まれた別人の詩歌や文章のことをいう。日本でも室町時代に山水画が流行したが、下手な絵には「賛」を書き添えるものがいない。そこで自分で描いた絵に自分で賛を書き込む絵師が出てきた。そこから下手な絵師を「自画自賛」と呼ぶようになり、今の用法に至ったのである。
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しがらみ |
まとわりついて、妨げになるもの。関係を絶ちがたいもの。また、せきとめるもの。「同郷のしがらみで」などと用いるが、漢字で書くと「柵(さく)」。川などで水流をせき止めるために杭(くい)をうち、竹を渡したり柴(しば)などをからませたりした柵をいう。転じて、物事をせき止めるものの意で一般に用いられるようになった。
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四苦八苦(し‐く‐はっ‐く) |
非常な苦しみにあって窮地の状態に陥っているさま。またさんざん苦労すること。仏教から来たことばで、人間にとって逃れようのない八つの苦しみをいう。四苦とは、生・老・病・死。これに愛別離苦(あい‐べつ‐り‐く)(愛するものとの別れ)・怨憎会苦(おん‐ぞう‐え‐く)(憎しみ合うものとの出会い)・求不得苦(ぐ‐ふ‐とく‐く)(欲しいものが手に入らない苦しみ)・五陰盛苦(ご‐おん‐じょう‐く)(人間の存在そのものの苦しみ)の四苦を加えて「四苦八苦」という。
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自業自得(じ‐ごう‐じ‐とく) |
一般に、悪い行いをしたときに悪い報いを受けることをいう。もともと仏教から来たことばで、自らの行為は必ず自分の身に跳ね返ってくるものだ、という意味。善い行いの報いは善い結果となって現れ、悪い行いの報いは悪い結果となって帰ってくるから、常に善い行いを心掛けよ、ということ。『正法念処経』の中のことば。
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地団駄(じ‐だん‐だ) |
ひどく悔しがること。また、ひどくおこること。普通「地団駄を踏む」という形で用いられる。「じだんだ」とは「じたたら」の変化したもので、「じたたら」とは「地蹈 |
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しっぺ返し |
やられたらすぐやり返すこと。「しっぺ」は正しくは「しっぺい」で、「竹箆」と書く。「しっぺい」とは、本来禅家で座禅する修行者の指導に用いる竹製の杖(つえ)をいう。子どもたちの遊びの一つで、人差指と中指をそろえて相手の手の甲・手首などを打ち、打たれたらすぐ打ち返すものをしっぺいといい、これが語源と考えられている。
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四天王(し‐てん‐のう) |
一般にすぐれた四人の人物、とくに技芸や武道などで、その道を極めた四人の代表的人物をいう。「和歌四天王」「源頼光の四天王」の類。仏教から来ていることばで、仏法を護持する四人の護法神のこと。仏教では世界の中心に須弥山(しゅ‐み‐せん)があり、そこに仏法を護(まも)る神の帝釈天(たい‐しゃく‐てん)が住んでいる。四天王は帝釈天に仕え、四方を守る護法神で、東に持国天、南に増長(ぞう‐じょう)天、西に広目(こう‐もく)天、北に多聞(た‐もん)天が配されている。
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指南(し‐なん) |
教え導くこと。また、その人。古代中国で使われた「指南車」から来たことば。方向を指し示す車で、最初に南に向けておくと、歯車の仕掛けで車の上の仙人の人形が常に南を指すように作られていた。初めは太陽の位置から南を決めたが、のちに磁石が使われるようになった。指南車が方向を指し示して導いてくれるように、師は教え導いてくれるのだ、という意である。
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老舗(し‐にせ) |
先祖代々から受け継いできた伝統と格式のある店をいう。「仕似す」という動詞の連用形「仕似せる」から来たことばで、「老舗」は当て字。「仕似せる」とは、まねる意。親の商売をまねて、代々の商いの仕方や顧客の信用を大切にしながら受け継いでいく店が「老舗」である。
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しのぎを削る |
激しく斬(き)り合うことだが、現在ではもっぱら激しく争う意味で用いられる。「しのぎ」は「鎬」で、刀の中間を走る稜(りょう)線、または刀身の棟と同じ厚さを有する部分と刃の部分との境界線。その鎬の部分が削り落ちると思われるほどに激しく斬り合うさまを、一般の争いにたとえたもの。
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慈悲(じ‐ひ) |
一般に、あわれみ慈しむこと。情け深い心。もともと仏教の根本精神を表すことば。「慈」は親愛の情・真の友情を意味する。また、「悲」は苦痛・呻(うめ)きを表し、「慈悲」で他者の苦しみをわが身と一体にするという意味で、仏・菩薩(ぼ‐さつ)が衆生(人びと)の苦を除き(悲)、楽を与える(慈)ことと解釈されている。
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弱冠(じゃっ‐かん) |
現在では一般に、年の若いことを形容することばとして用いられる。もともとは成年すること、すなわち男子の二十歳の異称であった。古代中国で、男子の二十歳を「弱」といい、元服して冠をかぶったことからいう。転じて、二十歳前後の年齢。
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十八番 |
その人のレパートリーのうち、最も得意なものをいう。歌舞伎(か‐ぶ‐き)から来たことばで、七代目市川団十郎が市川家の当たり狂言を整理したものをいい、歌舞伎十八番、または新歌舞伎十八番の略。「不破(ふ‐わ)」「鳴神(なる‐かみ)」「暫(しばらく)」「不動(ふ‐どう)」「嫐(うわなり)」「象引(ぞう‐ひき)」「勧進帳(かん‐じん‐ちょう)」「助六(すけ‐ろく)」など。「十八番」を「おはこ」ともいうが、これは市川家でその台本を箱に入れて秘蔵したからといわれる。
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正念(しょう‐ねん) |
本心・正気の意だが、一般に用いる場合にはほとんどが「正念場」という熟語として用いられる。ここぞという大事な局面のこと。歌舞伎(か‐ぶ‐き)で主人公の性根を発揮させる重要な見せ場を正念場といったことから来ている。「正念」のもとは仏教語で、雑念を払って、正しく真理を思念すること。仏陀(ぶっ‐だ)の根本説法の一つで、悟りへ至るまでの八つの正しい道、すなわち八正道(はっ‐しょう‐どう)の一つである。
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成仏(じょう‐ぶつ) |
一般には死んで仏になること。また、死ぬこと。仏教語本来の意味は、煩悩を捨て悟りを開いて仏陀(ぶっ‐だ)(覚者)になること。つまり仏陀とは釈尊のように生きて仏になった人の意で、死んだ人のことではない。
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白羽の矢が立つ |
多くの人の中からとくに選ばれること。また、いやな仕事をふりあてられたときにもいう。犠牲になる意にも名誉を担う意でも用いられる矛盾することばだ。神の思(おぼ)し召しで選ばれた娘の家の屋根に白羽の矢が立つと、その娘は人身御供(ひと‐み‐ご‐くう)として捧げられなければならない、という言い伝えがあり、この場合は犠牲者として選ばれることを意味した。また、謡曲「加茂」には次のような話がある。川の上流から白い羽根のついた矢が流れてきて、水を汲(く)んでいた娘の前で止った。その娘はたちまち懐胎して男児を出産した。この言い伝えによれば、神の思し召しで大役を仰せつかったことになり、名誉を担うことになる。
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素人(しろうと) |
ある物事に経験の少ない人。また、職業・専門としない人。未熟な人。もとは「しろひと」(白人)といい、芸のない白塗りだけの遊芸人をいったことばから転じたものとされる。玄人(くろうと)は素人に対してできたことばである。
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随分(ずい‐ぶん) |
非常に、はなはだ、できるだけ、などの意。随分の「分」は、分際、分限の意味。したがって、随分は分に随(したが)うだから、分限に応じていること、身分相応なことをかつては意味していた。現在使われているような随分は、鎌倉時代ごろからの用法らしく、すこぶるとか、並々ならないなどの意味に使われ出したもの。
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杜撰(ず‐さん) |
詩文・著述・編集などが、根拠に欠け誤りが多いこと。転じて、物事の処理のしかたが、おおざっぱで手落ちが多いさま。この語源については、中国の『野客叢書(や‐かく‐そう‐しょ)』という書物の中で触れられている、北宋の「杜黙(と‐もく)の撰した詩がほとんど律にあわず、でたらめだった」という故事に基づくもの。「撰」は著書の意。
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すっぱ抜く |
人の意表を衝(つ)いて出し抜く、あるいは、ふいに他人の秘密をあばく、などの意に用いられる。漢字で書くと「素っ破抜く」。「素っ破」とは、戦国時代、大名が野武士などの中から選んでスパイ役などをやらせたもので、いわゆる忍びの者・間者(かん‐じゃ)。「抜く」には攻め落とす意味があり、「素っ破」を使って、不意打ちすることを「素っ破抜く」といったもの。
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捨て石 |
さしあたって効果はなく一見むだのように見えるが、将来きっと役に立つであろうと考えられる予備的な行為や投資、またその要員。囲碁で、何手か先の局面を有利にするために、わざと相手に取らせる石のことを、「捨て石」といったことから来たことば。
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図(ず)に乗る |
予想通りに事が運ぶので、調子に乗ってつけあがるさま。仏教の声明(しょう‐みょう)から来たことば。声明とは、インドに発し、中国を経て渡来したもので、日本仏教において儀式や法要で僧が唱える声楽のこと。「図」とは、声明の転調を指示する図表で、図表通りに転調がうまくいったとき、「図に乗る」といったもの。一般の用語に転じてからは、つけあがる意味に転調してしまった。
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関(せき)の山 |
これ以上は無理だという限度。精一杯。中世の時代、疫病をしずめるための祭りが各地の祇園(ぎ‐おん)社(八坂神社)で行われた。真夏に祇園社の山車(だ‐し)を引回せば疫病は退散するという祇園信仰に基づいて、各地の祇園社は競って立派な山車を作ったという。その中でも、伊勢の国(三重県)の関町八坂神社の祭礼祇園会の山車がとびきり立派であったため、これ以上ぜいたくな山車は考えられない、と評判になった。「関の山車」が「関の山」に縮まったものとされる。
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世間(せ‐けん) |
世の中、社会、世の中の人びと。もともと仏教語で有情(う‐じょう)の生活をする境界。有情とは、感情を有する者、生きとし生けるもののすべてをいい、人の世、人生、すなわち煩悩のある場所をいう。その対語が出世間で、世俗を離れて悟りの世界に入ることをいう。
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折檻(せっ‐かん) |
新聞記事で「子を折檻」という見出しをよく見かける。子どもを厳しく叱(しか)ることだが、「檻」が「おり」を意味するため、多く体罰のニュアンスを含んでいる。もともとは中国の故事から来たもので、出典は『漢書(かん‐じょ)』の「朱雲伝」。前漢の時代、朱雲という男が成帝に政治の非をいさめたところ、その内容があまりにも厳しかったので、帝はおこって朱雲を追い出そうとした。しかし朱雲が、「檻(手すりの意)」につかまって抵抗して「檻」を折ってしまったので、帝もその頑固さを見て反省したという。すなわち本来の意味は厳しく忠告することにあったのである。
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刹那(せつ‐な) |
きわめて短い、ほんの一瞬の時間をいう。「刹那主義」ということばがあるが、一般には、一瞬の快楽におぼれる、というあまりよくないイメージで用いられることが多い。もともと仏教語で、時間に換算して七十五分の一秒を「一刹那」といい、本来の意味するところは、このごく短い時間の刹那、刹那大事に生きようという意味なのである。
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切羽(せっ‐ぱ)詰まる |
事態が差し迫って、策に窮すること。どたんばで「抜き差しならない」状態を迎えることをいう。「切羽」は、刀の鍔(つば)の表裏、つまり柄(つか)と鞘(さや)とに当たる部分につける板金のこと。真ん中に刀身を貫く穴が開いていて、この穴が詰ると刀身が抜き差しならなくなるようにできている。
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節分(せつ‐ぶん) |
季節の分かれ目、とくに立春の前の日をいう。もとは立春・立夏・立秋・立冬の前日をすべて節分といった。各季節の終わりの五分の一の時期(十八日)を「土用」と呼ぶ習慣があり、病気の起こりやすい時期とされた。現在は節分と土用のうち、春を迎える節分と立秋の前の夏の土用が、その名残として残っているわけである。
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千秋楽(せん‐しゅう‐らく) |
演劇の公演や大相撲で、最後の興行日。転じて、おしまい、最後の意。語源は雅楽で最後に演奏する曲が「千秋楽」という曲であったことからとも、能狂言の最後の曲が「千秋楽」であったことからともいわれる。なお「千秋」とは秋で一年を代表させたもので、千年のこと。
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先陣(せん‐じん)争い |
我先を競い合うさま。「先陣」とは本隊の前に配置された部隊。昔の戦闘では、武士団の長が真っ先に斬(き)り込むことになっていたため、先駆けして先陣をはることは名誉ある行為だった。源平の合戦で各武士団の長が、その名誉を競って先陣を争ったことから、この語が一般化していった。
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双璧(そう‐へき) |
互いに勝るとも劣らないすぐれた二つの物、あるいは人物をいうことば。「璧」とは環状に作った飾りの玉。すなわち二つの立派な玉、一対の宝の玉をいう。語源は中国の『北史』「陸俟伝」で、洛陽の長官が北魏の陸凱(りく‐がい)の二人の息子を讃えて「双璧」といったとされることによる。双つの璧(たま)であり、双壁ではない。
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粗相(そ‐そう) |
不注意や軽率で過ちをおかすこと、またその過ち。うっかり大小便をもらすこともいう。仏教で、人の生・住・老・死を、小さな世界という意味で「 |
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そばづえを食う |
自分にはまったく関係のないことのために被害をこうむることをいう。とばっちり、巻き添えを食うなどとも。漢字で書くと「側杖」あるいは「傍杖」。すなわち杖(つえ)で打ち合っている喧嘩(けん‐か)などのそばにいて、まちがって杖で打たれることをいった。
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反(そ)りが合わない |
気心が合わないこと。相性が悪くて、互いにうまくいかないこと。語源は刀の反り。刀身と鞘(さや)の反りが合わないと、鞘に収められないことから来ている。
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