
3, ことば遊びのいろいろ(日本)
- 〈しゃれ〉の系統
- 〈なぞ〉の系統
- 〈遊びことば〉の系統
- 〈文字遊び〉の系統
ことば遊びは大きく分けて、〈しゃれ〉、〈なぞ〉、〈遊びことば〉、〈文字遊び〉の四つの系統がある。このうち、〈しゃれ〉と〈なぞ〉は日本のことば遊びの中で大きな割合を占め、二つの組み合わせによる場合もある。ここでは、下記の4分類に基づいて、ことば遊びの具体例を紹介していこう。
〈しゃれ〉の系統
〈しゃれ〉の語源は一説に、「さる・ざる」→「される・ざれる」→「しゃれる・じゃれる」となり、その名詞形が「しゃれ」となったという。基本的には同音語・類音語を利用して二重の意味を表現する方法で、日本で最もよく行われることば遊びであろう。和歌の〈懸詞(かけ‐ことば)〉もこの系列に属し、限られた字数の中で重層的なイメージを生む。一般的にはこの方法でおかしみを狙(ねら)うことば遊びを総称して〈しゃれ〉と言う。
室町時代から江戸時代にかけては〈こせごと〉〈かすり〉などとも呼ばれたが、江戸中期ごろからは上方で〈口合(くち‐あい)〉、江戸では〈地口(じ‐ぐち)〉と呼ばれ、雑俳・川柳・戯作(げ‐さく)などで盛んに用いられた。落語の〈オチ〉も多くこの方法を用い、その場合は〈地口オチ〉と呼ぶ。有名な、「隣の家に囲いができたってねえ」「へえ」という小咄(こ‐ばなし)は〈地口〉の一例で、この場合「へえ」が応答のことばであると同時に「塀」の意味を懸けてあるところにおかしみが生まれる。
また、「水汲(く)む親父(おやじ)(いづくも同じ)秋の夕暮れ」、「居残り残念客八人(桃栗(くり)三年柿(かき)八年)」のように、一つのことばだけでなく、全体の感じを似せて聞かせる〈語呂(ご‐ろ)合わせ〉という遊びも江戸では盛んだった。
現代の〈語呂合わせ〉は「七九四(な‐く‐よ)うぐいす平安京」のように年号や電話番号に使われる数字にことばを対応させ、記憶に役立てる方法を指すことが多い。数学でルート5を「2.2360679=富士山麓(ふ‐じ‐さん‐ろく)おうむ鳴く」、円周率を「3.14159265...=産医師異国(さん‐い‐し‐い‐こく)に向(む)こう」と読む方式もそれである。
また、しゃれは〈無駄口〉にも多く見られる。これは単に「取り柄がない」ということを表現するのに、「焼けたお稲荷(い‐なり)さんで鳥居(取り柄)がない」と、無駄なことばをしゃれを介して加える類のことば遊びで、「驚き桃の木山椒(さん‐しょう)の木」、「その手は桑名(食わな)の焼き蛤(はまぐり)」、「嘘(うそ)と坊主の頭は結(ゆ)った(言った)ことがない」なども〈無駄口〉の例である。
〈なぞ〉の系統
〈なぞ〉は「何ぞ?」と問うところから出たことばと言われる。あらかじめ用意された答えに導こうとして、それに対する問いを発するのがなぞである。平安中期に〈なぞなぞ合わせ〉や〈なぞなぞ物語〉が流行したとされているが、なぞの書として古くから有名なものに『後奈良院御撰何曽(ご‐な‐ら‐いん‐ぎょ‐せん‐な‐ぞ)』がある。これは成立に関する時期(16世紀?)や撰者に疑問の多い書であるが、その中に、「二十人木にのぼる(答は茶)」や「母には二たび会ひたれども父には一度も会はず(答は唇)」というなぞがある。前者は字形から、後者は「母・父」を発音をする唇の状態からのなぞである。後者は当時の「ハハ」が「ファファ」に近い発音であったことがうかがわれ、日本語の歴史を研究するには参考となる資料だが、現代では分かりにくい。また、『徒然草』(14世紀)の「馬のきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう」というなぞは今日まで諸説あって明確な答えを得ていない。
今日、なぞの中でも遊びの要素が多分に加わって親しまれているのは江戸期に発達した〈三段なぞ〉であろう。これは「Aとかけて、Bと解く。その心はC」という形式で〈しゃれ〉を用いたものが多い。たとえば、「破れ障子とかけて、冬のうぐいすと解く。心は、はる(張る/春)を待つ」や「郵便配達とかけて、松の木と解く。心は、はしら(走ら/柱)にゃならん」といった具合に行う。これは今日でも演芸番組でよく行われている。三段なぞに似た形式に「一枚でも煎(せん)(千)餅(べい)とはこれいかに。一つでも饅(まん)(万)頭(じゅう)というがごとし」という類の〈無理問答〉がある。また、子供たちの行う〈なぞなぞ〉はしゃれの利用に限らず、「上は大水、下は大火事なあに(答は風呂)」や「目が三つで足が一本のお化けはなあに(答は信号機)」のように見立ての巧みなものも多い。
〈遊びことば〉の系統
〈遊びことば〉は音の連続の仕方で遊んだり、無意味なことばを並べたりして遊ぶもので、形式をとくに分類できないので個別に見ていくことにしよう。
〈回文〉は上から読んでも下から読んでも同じになることばを言う。単語としては「小箱(こ‐ばこ)・トマト・八百屋(や‐お‐や)・新聞紙(しん‐ぶん‐し)・田植(た‐う)え歌(うた)」などが回文の例で、「竹(たけ)やぶ焼(や)けた・敵(かたき)が来(き)たか・留守(る‐す)に何(なに)する・確(たし)かに貸(か)した・わたし負(ま)けましたわ」といった短い句もある。作家岡島二人は回文を利用した「織田貞夫(お‐だ‐さだ‐お)・土佐美郷(と‐さ‐み‐さと)」という名前の主人公を登場させ、「山本山(やま‐もと‐やま)コンビ」と名付けているが、漢字で書かれる「山本山」や「三笑亭笑三(さん‐しょう‐てい‐しょう‐ざ)」(落語家名)は厳密には日本語の中で〈回文〉に含めない。もちろん中国では漢字によって回文を作り、アルファベット圏の国ではその綴(つづ)りに従うが、日本ではかなを使って行う。回文を取り上げた古い文献に、歌学書『悦目抄(えつ‐もく‐しょう)』(12世紀)があり、そこには「むら草に草の名はもしそなはらばなぞしも花の咲くに咲くらむ」という回文和歌がある。右でわかるように、長い歌や文で回文を作るときには厳密に同じかなを並べると限界があるので、清濁のちがい、耳で聞いて同じになる歴史的かなづかいのちがいは許されるのが普通である。その後、俳句でも回文を使った句が作られるようになったが、しゃれのように手軽に作るのは難しい。現代でもすぐれた作り手が「数学と理科ばかり解くガウス」(中島敏明)、「でかいお尻(しり)が好きと帯を解きすがりしを、いかで」(土屋耕一)のような作品を発表しているという。
〈早口ことば〉は正確に発音しにくいことばをできるだけ早く唱える遊びで、子供たちの間でも盛んである。現在では役者やアナウンサーの発音練習としても用いられる。「となりの客はよく柿(かき)食う客だ」、「赤巻紙、青巻紙、黄巻紙」、「東京特許許可局」、「生麦、生米、生卵」、「蛙(かえる)ぴょこぴょこ三(み)ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六(む)ぴょこぴょこ」などは代表的な例である。この早口ことばの原形であると考えられる〈舌もじり〉も江戸初期にはすでに相当作られていたらしい。中でも、2代目市川団十郎(18世紀)の演じた「外郎(うい‐ろう)売り」は外郎薬の宣伝文を早口で言い立てるというもので、その見事な早口は団十郎の評判を高めたと言われる。
今日行われる〈しりとり〉はある単語の最後の音節を、次の単語の初めの音節に使うことばを思い浮かべ、「こぶた たぬき きつね ねこ……」と次々に単語をつなげる遊びである。平安時代には長歌の各句を連鎖させる〈文字鎖(も‐じ‐ぐされ)〉が作られていた。歴史上有名なのは室町時代の「源氏文字鎖」で、「源氏のすぐれてやさしきは はかなく消えし桐壷(きり‐つぼ)よ よそにも見えし帚木(はは‐きぎ)は……」というものである。さらに、1音節以上をある文の中で連鎖する形式もあり、明治から大正にかけて流行した「牡丹(ぼ‐たん)に唐獅子(から‐じ‐し)竹に虎(とら)、虎を踏まいて和藤内、内藤様は下り藤(ふじ)、富士見西行は後ろ向き……」(『あづま流行 時代子供うた』)という〈しりとり文句〉は口調のよさから愛唱されたという。
〈文字遊び〉の系統
既に触れた『万葉集』の〈戯書〉以後も、日本では文字遊びの伝統は根強く続いた。かなを使用するようになっても和歌には「雪降れば木毎に花ぞ咲きにけるいづれ梅と分きて折らまし」(『古今集』 10世紀)のように、「木毎」を組合わせて「梅」と読む文字遊びの意識が伺われる。有名な「むべ山風を嵐(あらし)といふらむ」の「山風」と「嵐」の関係も同様である。こうした分解は字画の多い漢字の記憶法としても伝承され、「壽」を「士(さむらい)のフエ一吋(インチ)」とするような方法である。かつて流行した「ロハ」も「只」を分解して「金銭不要」を意味した一種の文字遊びである。漢字の部首を巧みに組合わせた例としては京都竜安寺の茶室にあるつくばいに刻まれた「吾唯知足(われただ‐たるをしる)」が有名である。これは「充足することを知る」という禅の精神を表現したものと言われる。また、日本語で漢字1文字に音・訓という複数の「音」が対応する関係から、「子子子子子子子子子子子子」(『宇治拾遺物語』 13世紀)を「猫の子子猫、獅子の子子獅子」(当時の片かなは「ネ」の他に「子」の字も使っていたため)と読ませる逸話も伝わる。より遊戯性の強いのは、「め」を「出たら、め(でたらめ)」、「話」を「点で(てんで)話にならない」と読ませる類で、判じ物に近い。
子供の遊びに残る〈文字絵〉も文字遊びの系統である。文字を使って人の顔を描く遊びとしては「へのへのもへじ」が最も有名である。この他にも「つる三八○○ノムし」や「このつらてんぐ」などがあり、地方によって描き方に特色の見られる場合もある
(『ことばの知識百科』三省堂刊より)
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