
第1回 《三省堂Web Dictionary》の誕生に寄せて
柳瀬尚紀(やなせ・なおき)
英文学者
2001年1月12日
《三省堂Web Dictionary》がいよいよ産声をあげる。このサイトの構想が孕まれて胎動していく経緯を、スタッフからいろいろ詳しく聞いてきた。期待が大きくふくらむ。
インターネット最大の難点は、<web=蜘蛛の巣>が、あまりにも膨大な量のゴミや埃やノイズや落書きを捕えてしまうことだ。たとえば「猫舌」という言葉についての情報を通常の検索で得ようとすると、2千数百件の検索結果が表示される。すさまじい無秩序にとても付合いきれない。やはり言葉は、辞書という枠組、辞書というコード、辞書という空間の中で探し求められるべきものである。
むろん《三省堂Web Dictionary》も、それ自体が膨大なcyber spaceだ。しかしこの情報宇宙は、あくまでも辞書というコードに則って精密な秩序を保つ。
試しに「記性」と「釜がえり」の2語を、通常のインターネットで検索してみるといい。おそらく永久にたどり着けないのではなかろうか。「記性」と「釜がえり」の双方を即座に検出してくれるのは、現在、このサイトしか存在しないはずである。
《三省堂Web Dictionary》は、辞書の老舗の財産である活字の辞書をデータベースとしている。しかしそれにとどまらない。Web上の辞書となったことで、情報の修正や更新が可能になった。使う側の一人として、そこが最も期待しているメリットだ。
辞書にも誤りがあるという不可避の事実から、従来、使用者は遠ざけられてきた。しかしいかなる辞書も、決して無謬ではない。
世界的な権威を誇るWebster's Third New International Dictionaryには、ホタルイカがこう定義されている。
<firefly squid: a brilliantly luminescent squid caught in great quantities off the western coast of Japan where it is used for fertilizer(きらきら光沢を発するイカで、日本の西沿岸で大量にとれ、肥料にされる)>
美味なるホタルイカにとって、はなはだ無惨な記述だ。
Oxfordの名を冠したOxford Reference Dictionaryでは、ジェイムズ・ジョイスがFinnegan's Wakeを書いたことになっている。ジョイスが書いたのはFinnegans Wakeである。
活字の辞書の場合、こうしたたぐいの不備は改訂されるまで残る。Web上の辞書では、データベースの修正や更新がいつでも可能だ。編集部の発見や使用者からの指摘で何らかの書き換えが行われることは、決して不名誉なことではない。むしろ信頼性を高める。《三省堂Web Dictionary》がその態勢になっていることを、おおいに歓迎したい。辞書がいつでも読者に向って開かれている生き物となったこと、それが嬉しい。
CD-ROM版大辞林では便利な「栞」が使えて、重宝してきた。ただし100件までしか入力できないのが不満であった。この不満をあっさり解消してくれそうな可能性も見える。活字の大辞林に収録しきれなかった実用例が資料として山積みにされているだろう。その資料室を閲覧できる通路をぜひ作ってほしい。
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