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第29回 書体デザイナーは単語デザイナー
第29回 書体デザイナーは単語デザイナー
小林章(こばやしあきら)
ドイツ在住。2000年、ライノタイプ社の書体コンペティションで書体「Conrad」が本文部門1位を受賞したのをきっかけに同社のタイプ・ディレクターとして招かれる。海外と日本での講演多数。有名な書体デザイナーであるヘルマン・ツァップ氏(ドイツ)や、アドリアン・フルティガー氏(スイス)と共同で両氏の書体の改刻も行う。北京師範大学珠海分校国際コミュニケーションデザイン学院名誉教授。著書に『欧文書体:その背景と使い方』『欧文書体2:定番書体と演出法』(ともに美術出版社)。
コンピューターなどにインストールして使うためのデジタルフォント(書体)を設計する仕事をしています。私の場合は欧文書体が専門で、書体デザインの制作指揮と品質検査、新書体の企画立案、コーポレート書体の提案と制作などがおもな職務です。日本からドイツに移り住んで8年になります。
日本語書体は、ひとつの正方形のなかに1文字というふうにつくりますが、欧文書体のデザインは、アルファベットの大文字「 I (アイ) 」や小文字「 i 」は字幅が狭く、「 M 」や「 W 」や「 m 」 は字幅が広い、というふうに、1文字1文字の字幅が大きく違います。そのため、字の形がきれいにできても、字幅の調整が下手だとリズム感が乱れるし、黒みのムラも気になります。結果的に文字の個々の形はよくても読みづらくて使えない書体になってしまうことがあるのです。
本文用の欧文書体のデザインというのは、最終的には「単語になったときの形が完成形」という考えでつくります。ひとつひとつの文字は、例えば小文字「 l (エル) 」なんてわりと単純で特徴を出しにくいのですが、それが単語のなかで使われたときに単語として表情を持っていればいいわけです。しかも、読者が目障りと感じないで読み進めることができるくらいに。
しかし、どういう単語が組まれるかは予想できません。そのため、どの文字の組み合わせでも字と字との空きが一定に見えるように、いろいろな組み合わせをテストして手作業で調整していくわけです。この字幅の調整には、文字の形をつくる時間とだいたい同じくらいかかります。ある欧文書体デザイナーは私たちの仕事をたった一言で見事にこう言い表しました。「私たちは、本当は単語デザイナーなのです。」
普段の生活のなかでも、単語の形に敏感に反応しているようです。私はイギリスでデザインの勉強をして、日本に戻ってからも英語で書かれた本や資料を読んでいたため、目は英語の文章になじんでいました。それが突然ドイツ語圏で生活することになって戸惑いもありましたが、単語の形が違うので毎日新しい発見があって面白い。いまも新聞や雑誌を手に取ると、記事の内容そっちのけで珍しい単語を探してしまいます。
例えば、「 Schifffahrt (船での移動) 」のような「 f 」の三連続は、英語圏ではほとんど見られないでしょう。仕組みはこうです。「 Schiff (船での移動) 」+「 Fahrt (乗り物での移動) 」、つまり2つの単語の合成です。英語圏ではどうなのか調べてみたら、単語を合成して3つ同じ文字が続くことがあっても、それをハイフンで区切って「 bell-like 」のようにするのが通例だそうです。
ドイツ語では、他にもこんな単語があります。
Kammmolch…イモリ科の両生類の一種。「 m 」の三連続。
Betttücher…シーツ(敷布)。「 t 」の三連続。
Kunststofffirma…合成樹脂(製造)会社。「 f 」の三連続に加えて、「 st 」の二連続。
また、3つも4つも単語を合成するため、ひとつの単語が長くなるのもドイツ語の特徴です。例えば「 Schinkenzwiebelmettwurst 」は、ひとつの単語で24文字! これは、ややこしい化学薬品の名前とかではなく、普段の生活でよく見る単語で、「シンケンツビーベルメートブルスト」といって、パンに塗って食べるための豚肉の生挽肉です。スーパーマーケットのよりは、やっぱり肉屋さんで新鮮なのをパンに挟んでもらって食べるのがおいしい。
こういう長い単語は、大文字だけで組むよりは小文字が混じったほうが一目で認識しやすいと思います。小文字には、「 b 」「 d 」「 f 」「 h 」「 k 」「 l 」のように上に伸びる部分のある文字、「 g 」「 j 」「 p 」「 q 」「 y 」のように下に伸びる部分のある文字があります。単語になるときにそれらが混じり合って単語独特の輪郭を形づくるために、ぱっと単語の輪郭を見た段階で、読者がそれまで学習してきた単語に当てはめたり前後の関係から連想したりできるのです。つまり、読者は一文字ずつ読んでいるわけではない。本でも新聞でも雑誌でも、見出しは大文字だけの場合がありますが、本文の部分は必ず大文字小文字で組まれているのは、小文字のデコボコが読みやすさに貢献しているという理由があるわけです。
一般的な読者がちゃんと無理なく認識できるよう、単語の形を必要以上に崩さないのが読みやすい書体。でも新しさは出したい。そういう部分が欧文書体デザイナーの悩みであり、また面白いところでもあります。
(2009年12月1日)
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