今回は「活字をつくる」というお話です。
活字というのは、新聞や書籍、雑誌を読むときのあの印刷された小さな文字たちのことです。多くの人は新聞の記事を読んで情報を知ったり、小説の物語に夢中になったりしますが、そこに印刷してある「文字」を意識することはありません。
ただ気持ちよく読まれることを目的として、文字であることを主張せず、昔からずっとそこにあるように佇んでいる文字。活字にはこのような特性が要求されます。そうしたことから、活字の理想型は「水や空気」になぞらえます。なにかと自己主張することが多くなった世の中に、この目立たない文字たちは私にとって、とても健気に思えて愛おしい存在なのです。その「活字」をつくる、というお話しです。
新聞や書籍でもっとも多く目にする書体の種類、「明朝体」を例にとって進めます。さて、日本語を表記するときの文字の種類を図で示しました。

ご覧のように日本語の表記では、「漢字」「ひらがな」「カタカナ」「アルファベット」「数字」「約物(記号類)」と、実に6種類もの文字群が混ざり合ってます。「漢字」は中国からもたらされ、「アルファベット」と「数字」はヨーロッパ、「ひらがな」と「カタカナ」は漢字を崩した形をもとに平安時代に日本でつくられました。こうした多様な歴史をもった文字群を表記の際に混ぜて使っている国は世界でも珍しいそうです。さらに日本語の表記には、縦にも横にも組めるという特性があり、文字をつくる立場からすると、とても複雑な要素が絡み合うことになります。
では、これら6つの文字群はそれぞれ何文字くらい必要なのでしょうか。一概に「この文字数が必要」と断定できないところがもどかしいのですが、現代小説を表記できる程度の文字集合(adobe AJ1-3)を例にとると、
・漢字…約7000字
・ひらがなとカタカナ…清音(例:あいうえお)、濁音(例:ばびぶべぼ)、半濁音(例:ぱぴぷぺぽ)、拗促音(例:ゃ、ゅ、ょ、っ)を合わせてそれぞれ100字づつの計200字
・アルファベット…欧文が組める文字数ということで数字を含めて約150字
・記号類…約2000字程度
このように、全部で約9500字弱の文字が必要となります。
これらの文字をつくろうとすると、超えなければならない高いハードルが3つあります。1つは、9500字弱という文字の量です。仮に1日10文字制作するとして、1人では950日、つまり3年かかります。物理的に大変な労力です。
2つめは、漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベット・数字・約物(記号類)、これら6つの文字群を混ぜたときに違和感がなく、自然に読めるようにつくるということです。図2を示しながら少し詳しく説明すると、明朝(書籍・雑誌・新聞などの本文に用いる基本的な書体)の漢字は四角の中に収まり、横線が細く、縦線が太いという独特の幾何学的なスタイルをもっているのに対し、ひらがなとカタカナは筆書きの楷書(字画をくずさずきちんと書く書きかた)のスタイルです。しかも文字の大きさにかなりのバラつきがあります。さらにアルファベットは中学の英語の教科書に使われていた平ペンで書いたようなローマンというスタイルです。
つまり日本の「明朝体」には、これら3つのスタイルが混ざり合っているのです。これらをなるべく調和させようとデザインするわけですが、そのいっぽうで、適度な違和感が読みやすさを増幅させている側面もあるようです。たとえば、漢字が「主」でひらがなが「送り仮名」として多用される場合は、漢字が大きく、ひらがなが小さいほうが読みやすくなるということもあります。このあたりのさじ加減が難しいところです。

3つめはひらがなのスタイルです。6つの文字群が混ざり合っているといっても、使用頻度からいえば確実にひらがなが多いわけで、ひらがなの出来不出来がその書体の品質を左右するといっても過言ではありません。ひらがなは線と形の美です。筆で書かれた線を「レタリング」という手法で整理し、かつ、線に勢いを与え、形に関しては非常に美しい平安時代の「上代様(じょうだいよう)かな」を念頭におきつつ、みずからの感性で描きます。ここに個性が出ます。
人間の手によってつくられる以上、つくり手の意識的か無意識かは別にして、個性という点からは逃れられません。「空気のような、水のような」文字であるために、言い換えれば奇をてらわない「自然な文字」として長く使い続けてもらえるように、つくり手の「個性」と長く使われるために必要な「普遍性」とをどう折り合いをつけるかが活字をつくっていくうえで重要です。
ある達人は「百年使われる文字をつくれ」と励ましてくれます。そのことばに応えるべく、日々、丁寧に愛着をもって、ただそこにあるだけの文字づくりを続けていきたいものです。
(2009年2月9日)
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