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第12回 常用漢字の行方
第12回 常用漢字の行方
円満字 二郎(えんまんじ じろう)
編集者・ライター。兵庫県生まれ。出版社で教科書・漢和辞典などの担当編集者として働いた後、フリーに。著書に『人名用漢字の戦後史』(岩波書店)、『昭和を騒がせた漢字たち』(吉川弘文館)などがある。
ここのところ、常用漢字の改定をめぐる動きが、活発だ。常用漢字220字の追加案が 2008年5月に報道されたと思ったら、つい最近、6月にはさらに絞り込んだ188字の案が公表された。この拙文がアップされるころには、早くも暫定案が発表されているかもしれない。
世間の注目度も高いようだ。漢字に関する著書があるせいだろうか、ぼくでさえ、なんにも知らない門外漢の友人から、「どうなってるの?」などと尋ねられることがある始末。こういう報道をきっかけとして、漢字の問題について多くの人が考えてくれれば、と思わずにはいられない。
でも、ぼく自身はというと、常用漢字の行方にはいまひとつ関心を持てないでいる、というのが、正直な感想なのだ。
実際のところ、ぼくたちが現実の生活の中で常用漢字を意識することは、どれくらいあるだろうか? 学校での国語教育は常用漢字の範囲内で行われているはずだが、ぼく自身は高校を卒業するまで、常用漢字とは何かすら知らなかった。その存在を初めて強く認識したのは、出版社に就職して、検定教科書の編集を担当するようになってからのことだ。しかし、フリーとなった今、思い返してみると、その出版社でさえ、教科書や辞書の担当者以外は、常用漢字についてほとんど知らないというのが実情だったと思う。
現実には、公文書や新聞、辞書など、常用漢字を表記の基準としている世界はたくさんある。それに、なんといっても、困ったときのよりどころとして、ぼく自身、常用漢字を中心とする国語政策の恩恵にあずかってきた身だ。原稿整理をしながら、「おこなう」を「行う」にするか「行なう」にするか、ある漢字にルビを付けるべきかどうかかなどに迷ったとき、参照すべきはやはり国語政策だったのだ。とはいえ、現代社会において、常用漢字の必要性を実感を持って感じている人は、かなり特殊な存在なのではないだろうか。
だからといって、常用漢字には存在意義がない、といいたいのではない。
第二次世界大戦後まもなく、1946年に当用漢字が制定されたときには、その是非はともかくとして、現状を変革しようという思想の裏打ちがあった。しかし、それから35年後、1981年に常用漢字に衣替えがなされたとき、高度成長を終えた日本社会は、大きく変貌していた。時代はもはや、現状変革の思想を求めてはいなかったのだ。常用漢字は、その変化に忠実であればあろうとするほど、自らの影を薄くする必要があったのである。それでもなお、「表記の基準」として一定の役割を果たしてきたところに、ぼくは常用漢字の価値を認めたい。
それからさらに30年近い歳月が流れ、時代はさらに大きく変わった。情報通信技術の発達により、日本全国のあらゆるパソコンに膨大な量の漢字が蓄積され、いまこの瞬間も、日本中の空をものすごい数の漢字が、携帯メールという名の電波にのって飛び交っている。そのほとんどは、常用漢字など意識しないで書かれたものだ。紙の辞書と同様に、三省堂の
Web Dictionary
に収録された『大辞林』や『新明解』では、見出し語の表外字や表外音訓には、そのことを示す記号が付されている。けれど、それを見ていると、ネット世界の住人のどれだけがこの情報を参照しているのだろうかという思いに駆られて、時に、どこかむなしいような気がしてくるのも確かなのだ。
かつては、自分の思いや考えを文字にして広く世間に発信しようとするならば、できるだけ多くの人にわかってもらえるように書かねばならないというのが、建前だった。そこに、常用漢字をはじめとする「表記の基準」の存在意義があった。しかし、ネット社会に、その建前は必要ない。裾野ばかりがやけに広いこの世界では、他人に理解されるかどうかを意識せずに自己表現をしたとしても、それでもけっこうハッピーになれるのだ。
こういう社会の変化を受けて、こんどの常用漢字の改定は、現状を追認するものとならざるを得ないだろう。しかし、現状のどの部分を、どのような理由で追認するのか。現状追認には、思想というほど大きなものはかえって不要かもしれない。それでも、なんらかの意味づけをしておくことは必要ではないだろうか。
ぼく自身は、その意味づけの切り口をなかなか見いだせないでいる。それが、常用漢字の行方に対していまひとつ関心が持てない理由なのだろう。常用漢字を若干、拡張することで、国家は国民に何を求め、何を保証しようとするのだろうか?改定が現実のものとなる前に、だれかがそこのところをスパッと切って見せてくれると、うれしいのだが……。(2008年7月18日)
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